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鹿児島地方裁判所 昭和34年(わ)416号 判決 1960年3月14日

被告人 山崎ヒデ

明四二・二・二生 無職

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三十年頃から同三十三年末頃まで、恩給受給者等より恩給証書類を担保にして金員借用方の依頼を受け、同人等から同証書類及び印鑑を預かり、同証書類を金主に債権の担保物として差入れ、金主から金員を借り受け、これを右依頼者等に引渡し、弁済の方法としては、各恩給金等の受給日に金主から右担保物たる恩給証書類を預かり、右依頼者等と同行して、同人等において自ら恩給金等を受給した際に弁済を受けて、これを金主に支払うと謂うような方法でもつて手数料を徴し業として、これが金銭貸借の仲介をなしていたものであるところ、

第一、昭和三十一年七月頃、前記の方法により、松村ちるから同女名義の公務扶助料証書一通(年額三万七千円)を預かり、これを他に担保にして二万五千円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃差額を自己において費消しようと企て、擅に権限を超越して、鹿児島市上荒田町二、一七三番地高山サト方において、同女に対し、五万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右松村ちる所有の公務扶助料証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第二、同三十一年九月頃、太田春枝から前記の方法により、同女名義の恩給証書(年額三万五千二百四十五円)を預かり、これを他に担保にして二万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して前記高山サト方において、同女に対し、三万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右太田春枝所有の恩給証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第三、同三十一年十月四日頃、川畑シヅから、前記の方法により、川畑左太郎名義の遺族年金証書一通(年額四万二百円)を預かり、これを他に担保にして二万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、同市松原町一七九内宮実治方において、同人に対し、五万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右川畑左太郎名義の遺族年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し、

第四、同三十一年十月十一日頃、田村惣平から、前記の方法により、同人名義の恩給証書一通(年額一万九千七百円)を預かり、これを他に担保にして三万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記内宮実治方において、同人に対し四万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右田村惣平所有の恩給証書をこれが担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第五、同三十一年十二月二十七日頃、川畑正之助を介して、福迫キクヱから前記の方法により、同女名義の遺族年金証書一通(年額三万五千二百四十五円)を預かり、これを他に担保にして二万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記内宮実治方において、同人に対し、五万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右福迫キクヱ所有の遺族年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第六、同三十二年三月十二日頃、田村惣平を介して、日高ミサから前記の方法により、同女名義の公務扶助料証書一通(年額四万五千八百円)を預かり、これを他に担保にして六万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記高山サト方において、同女に対し、七万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右日高ミサ所有の公務扶助料証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第七、同三十二年三月十二日頃、田中タケから前記の方法により、同女名義の寡婦年金証書一通(年額二万五千六百円)を預かり、これを他に担保にして三万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記高山サト方において、同女に対し四万五千円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の、右田中タケ所有の寡婦年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第八、同三十二年六月十五日頃、上村明一から前記の方法により、同人名義の恩給証書一通(年額九千四百円)を預かりこれを他に担保にして一万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記高山サト方において、同女に対し、三万五千円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右上村明一所有の恩給証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第九、同三十二年七月頃、内田シナから前記の方法により、同女名義の遺族年金証書一通(年額三万八千三百五円)を預かり、これを他に担保にして三万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、同市鴨池町四三九広瀬操方において、同女に対し、六万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右内田シナ所有の遺族年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第十、同三十二年八月頃、堀内キクヱから、前記の方法により同女名義の遺族国庫債券一通(額面五万円)を預かり、これを他に担保にして三万円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記広瀬操方において、同女に対し、六万五千円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右堀内キクヱ所有の遺族国庫債券をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該債券を横領し

第十一、同三十二年九月頃、水溜秀雄を介して、中島けさのから、前記の方法により、同女名義の寡婦年金証書一通(年額三万一千八百十六円)を預かり、これを他に担保にして一万五千円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記高山サト方において、同女に対し、四万五千円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右中島けさの所有の寡婦年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第十二、同三十二年十一月頃、内田サダから、前記の方法により、同女名義の公務扶助料証書一通(年額五万三千三百円)を預かり、これを他に担保にして一万五千円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記広瀬操方において、同女に対し、四万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、業務上保管中の右内田サダ所有の公務扶助料証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第十三、同三十三年一月二十八日頃、上畠フミから、前記の方法により、伊地知綾子名義の遺族年金証書一通(年額四万二百円余)を預かり、これを他に担保にして一万五千円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記広瀬操方において、同女に対し六万円の借用方を申込んで、これを受取ると共に、業務上保管中の右伊地知綾子名義の遺族年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつて該証書を横領し

第十四、同三十三年一月頃、佐々木サダから、佐々木登名義の遺族年金証書一通(年額一万円余)を預かり、これを他に担保にして三万二千円の金員借用斡旋方を依頼されたのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、前記広瀬操方において、同女に対し、七万円の借用方を申込んでこれを受取ると共に、右佐々木登名義の遺族年金証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつてこれが証書を横領し

第十五、同三十三年四月二十一日頃、前記松村ちるから、前記第一項記載の同女名義の公務扶助料証書一通を預かり、これを低利な国民金融公庫に担保にして七、八万円位を借りて来てやる旨を約束したのに拘らず、その頃前同様の企図からして、擅に権限を超越して、これより高利な金融先である前記内宮実治方において、同人に対し、四万円の借用方を申し込んでこれを受取ると共に、右松村ちる所有の公務扶助料証書をこれが債権の担保物として差入れ、もつてこれが証書を横領し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

罰   条 判示第一乃至第十五 刑法第二五三条

併合罪加重 刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(情の重い判示第十四の業務上横領罪の刑に法定加重)

(弁護人の本件を無罪とする法律論に対する判断)

弁護人は、判示各証書類は財物でないから横領罪の対象とはならない。若し仮りに然らずとするも、被告人は借り増しをしたとしても本件各証書を担保に供することは各依頼者の依頼によるものであるから罪とはならない、次に本件証書類の如き恩給関係の証書の担保とは一種の権利質であるが、本件では民法で定めた権利質の設定をしてはいないので罪とはならない、最後には、本件の如き恩給、年金等の証書は法によつて担保となすことを禁ぜられているので、横領罪とはならない等の理論をもつて、本件公訴事実は無罪である旨を主張するので、当裁判所の見解を次のとおり説示して置く。即ち、判示恩給証書類がいずれも財物であつて、その所持支配が法をもつて保護されていることは、各証書類発行の根拠法を検討するに、該証書を持参提出しなければ、証書に記載されている恩給等の金員の支給を受けられないことによつても余りに明らかであり、その財物たることは毫も疑いを容れる余地はない(最高裁第二小法廷昭和三一年(あ)第四二八二号、同三四年八月二八日判決参照)。従つて権利質の設定行為が行われていなくとも、判示の如き方法によつて被告人が本件証書類を担保物として預かり保管中これを擅に処分すれば該証書の横領罪が成立することは多言を要しないところであり、本件の如く依頼者より委託された権限を超越して擅にこれを担保物として差入れる場合は、判示第一乃至第十四の場合の如き借り増しの場合においても、又判示第十五の担保差入先が特に低利であるところと約束しているのに拘わらず、これより高利の街の金貸に担保物として差入れ、而かも依頼者と約束した借用金額より少ない金額を借入れるが如き処分の方法は、いずれも委託の範囲外であり、本件証書類についてては全体的に所有者の意思を排除して経済的に自己の物の如く処分し、その証書類の所有権を侵奪したものと解すべきであり、従つて判示各証書につき横領罪の成立することは当然である。(大審院明治四四年(れ)第一一〇九号、明治四四年六月十五日判決参照)。最後に、本件恩給証書類は、これを発行する各根拠法によれば、一定の金融機関以外に対しては担保物として差入れることを禁ぜられていることは明らかであるが、本件判示の如き場合においては、恩給証書類を預かりこれを他に担保物として差入れるところの被告人の行為自体を目して法の絶対的に禁止する反社会性のものであると解することは出来ない。右禁止規定は主として高利悪質なる金貸より依頼者たる恩給等の権利者を保護するための部分的制限的な担保差入禁止規定であると解すべく、更に、依頼者自体が金策に窮し、これを法の定めた一定の金融機関に担保物として差入れず、本件の如き街の金融業者に頼つてこれをなすことは、今日も尚それだけの事実上の必要があつて現実に行われている社会的事実であることに鑑みるときは、是等街の金融業者乃至これが斡旋をすることを反覆累行する被告人の所為を目して刑法第二五三条に謂う業務行為ではないと断ずることは不当であり、従つて被告人の判示所為が業務上横領罪を構成することは当然である。(東京高裁昭和三〇年(う)第五八〇号、同年七月二五日判決参照)。されば弁護人の無罪論はいずれも採ることが出来ない。

(裁判官 田上輝彦)

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